2007年08月18日

モモの最期

P1030327.jpg約一ヶ月の間、死の淵から這い上がり【もう一度生きたい】と頑張ってくれたモモ。
手術前は、腎臓も肝臓もすでにひどい状態と言われ、さぞや辛かったことと思います。でも、声も出さず、耐えていたように思います。
そして、緊急手術。
泣いてばかりいた私が急にモモを車に乗せて病院に行きました。エコー検査をした途端、【手術】しますと、抱きかかえられ私とお別れ。さぞや怖くて不安だったと思います。
手術は成功したものの、腎臓機能を良くするために大量の点滴を受け、それがおしっこに出ず、体が凄く腫れあがり、またもや【もうだめです】と病院から退院させられたモモ。
顔も3倍くらいに腫れあがり、目も開いて無い状態。
でも、自宅に連れ帰り、大好きな低反発マットに寝かせると【安心】仕切ったお顔になって眠ったモモ。
夜中にはおしっこも出始め、日々驚くような回復を見せはじめました。
歩けなかったのに、突然立って歩いてみたり、食べ物を欲しがったり・・・・・・ついつい、「モモ〜偉いネェー、良く頑張るね」と声をかけてしまうのでした。
「ママの喜ぶ顔が見たい」と益々頑張るモモ。
でも、検査の結果は正直でした。
モモの頑張りとは裏腹に、腎臓はどんどん悪くなっていたのです。

Drは脱水状態になるといけないので【点滴】を受けるようにおっしゃいました。でも、お水も頑張って飲んでくれるモモは、亡くなる直前までおしっこをしてくれました。

モモの急激な変化は、忘れもしません、8月10日の午前3時。
この時間、モモのことを応援して下さっていたマイミクの太陽さんちのもんちゃん(モモとは親戚さんであり、同じ名前なんです)が急逝され、同じくモモのことを応援して下さっていたマイミクのdalmaniaさんちのメイプルちゃんもモモと同じく激しい嘔吐に見舞われていたそうです。魔の時間だったのです。

それまで頑張って水を飲んで、私が喜ぶほど流動食を食べていてくれたモモ。でも6日間も便が出すねそのせいもあり激しい嘔吐をしたのだと思います。
それから、急激に体力が衰えたような気がします。
Drは、【食べつかえ】とは言わず、やはり尿毒症の症状が出てきたようにおっしゃいましたが。

しかし、この後もおしっこもある程度は出ていたし、少なくなったものの水分も飲んでいました。
でも、見るからに体が痩せ細っていき、自分で体を起こしても支えられなくなって来ました。
喉が乾燥するのか、嘔吐ではなく、喉の奥がくっついてえずくことも多くなりました。
嘔吐の後、体力が消耗しているのでは?とDrの勧めもあり、毎日点滴に通いましたが、点滴を始めると体を急に起こして見たり、帰りの車の中で動き回って見たり・・・・・
私はまだモモには【元気】と【生きる底力】があるんだわ! !と思い込んでいたのですが、それは【ちょっとしんどい・辛い】から体を動かさざる得なかったようです。

そして、モモが私をずっと見つめることが多くなり・・・・・悟りました。

「モモ、ありがとう。しんどいのね。辛かったら、モモのしたいようにしていいからね。】と。

そして、13日から点滴に通うのをやめました。
痩せて弱弱しくなりましたが、穏やかな顔です。
アーダはいつもモモの足元で寝ています。
私も母もいつもモモを見ています。
私達が用を足している時は、アーダがモモを見守ってくれました。

12日、夜寝ているとモモが私の布団まで来ました。
また顔をくっつけて、私を見つめていました。

この日、モモとアーダは顔をくっつけてなにやら話をしていました。

13日、今度はおばあちゃんの布団に・・・・・その後また私の所へ。
日々弱弱しくなっているのですが、表情は穏やかで。

そして、何より驚くことは一ヶ月近く寝たきりになっているのに、ぐるぐると自分で体を動かしていたので、床ずれもなく、とても綺麗な体でした。

辛くても声を出すわけでもなく、今考えると、体があまりにしんどい時や息苦しい時は、動き回っていたのだ!と。

14日、マイミクのアミィかあさんがお見舞いに来てくれました。
ほんとうに有難かったです。
午後からモモの舌が外に出てしまって、なかなか戻らなくなって来ました。
夜には舌が乾燥してえずいたり、舌を何とか口の中に戻そうと口をパクパク噛むようにしては・・・・・・
もう見ていて辛くて仕方ありませんでした。
してやれることは、口や舌を水で潤してやることと、なでてやることだけ。
もう時間はないと。
でも、そんな時もモモはおしっこもうんちもしてくれました。
本当にうれしかった。

夜、モモは私の布団に転がってきて、私のおでこに自分のおでこをくっつけて寝て見たり、自分の鼻先を私の鼻につけたり、口元を突っついてみたり、ほんとうに子犬のように甘えていました。
なんとなく15日には逝ってしまいそうと思っていた私は、一睡もせずモモと顔をくっつけ、見つめあい、モモがなにを私に伝えたいのか、必死で感じ取るようにしました。

明け方、舌の状態は益々ひどくなり、自分で自分の舌を噛みきってしまいそうになり、私はもう普通ではいられなくなりました。

こんな状態が続くなら、病院に行ってモモを楽にしてやりたい!と・・・・・・でも、出来ることならモモの思いのまま逝かせてやりたい・・・・・・しっかり見送る覚悟をしていたのに、もうパニックです。

モモの介護のことや看取ることについて、いろいろと教えていただいていたワンコのかあさんにSOSを出しました。
すると、すぐにお電話を頂きました。

モモのような状態を看るのが初めてな私はパニクっていましたが、ワンコのかあさんのお話を伺って、落ち着きを取り戻し、
話を聞いていただいて、また自信が取り戻せ、そして、まだモモにしてあげられることがあった喜びに、もう一度【笑顔で
見送るぞ】と勇気が沸きました。
電話を切ってすぐに、モモの口が乾燥しないように、そして、喉をつめないように水分を与えられるように、犬用ポカリのシャーベットを作り始めました。
準備が整い、もう一度笑顔になってモモの所に戻ると・・・・・

モモが息苦しさのため少しバタバタとしはじめました。
息苦しくなるとバタバタしているのを教えていただいたので、
私はモモを抱きかかえ気道を確保しました。
すさまじい息遣いをしていましたが、気道確保をするとモモが穏やかな顔になり、息が少しずつ緩やかになって来ました。
体を寝かせてやろうと布団を見ると、立派な量のおしっこと、遠慮がちにうんちをしていました。そして、私を見つめながら何度か息をしたと思ったら・・・・
穏やかに旅立つことが出来ました。
モモが最期まで頑張り続けた理由が、最期の最期にわかりました。
私にはまだアーダと言う子がいます。
モモは自分の身を持って、ワンコの最期はどうなるのかを見せてくれたのだと思います。アーダの時に私が不安になったり、自信を失ってアーダに不安を与えなくて済むように。
ほんとうにありがとう、モモ。
モモとの日々を見て、アーダもいろんなことを理解したと思います。
皆さんが書いて下さった「ももちゃん、まだ何かお仕事が残っているの?」の答えだったと思います。


こんなに悲しくて、身を切られるほどの辛さは無いです。
寂しいです。
でも、この一ヶ月の間に、モモの強さ・やさしさ・賢さを今まで以上に知り、「この子と出会えて幸せだった」と心から思いました。
そして、モモがいたから知り合えたワン友さん達とワンちゃん達のお顔が浮かびました。

私はモモのママと言いながら、モモの方がママのように強く私を支えてくれていたのだと今はそう思えます。
モモ、ありがとう。
夢で見たように、またきっと会えるからね。待っててね。

私の今の心配事。それはアーダです。
モモの悪かった間、アーダはずっとモモのお布団の足元で寝て、「アーちゃん、モモのこと守ってね】と私や母が言っていたので、未だにモモのお布団の敷いてあったところで寝ます。
私の布団にくるように言ってもだめです。
そして、毎日のように玄関から病院に行っていたので、気が付くと玄関に探しに行きます。玄関がいなければ、部屋の隅々を探して歩きます。
昨日モモの遺骨の入った骨壷をさして、「モモちゃんはもう見えなくなったよ、ここに入っているからね」と言って聞かせました。そのせいか、今日はモモのために用意した祭壇の下に潜ってみたり・・・・・・とにかく落ち着きません。
私や母の後おいをして、姿が見えないとピーピーと鼻を鳴らして泣きます。
葬儀の時は、一人でしっかりと留守番をして、帰宅後もしっかりしていたのに・・・・・・・
生まれた時からモモと一緒。一人になった事のないアーダ。
不安でいっぱいなのでしょう。不憫でなりません。

モモ、送っていただいた沢山のお花に囲まれて、虹の橋の向こうでお友達と走り回っていることでしょう。

みなさん、モモと私達家族に暖かい御声援と、心のこもったお言葉をありがとうございました。

ニックネーム ラブドル&モモ&アーダ at 22:59| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする